職場の、後ろの席の人のため息と舌打ちが、うるさい。
「うざい」で済んでいるうちは、まだいいと思う。私はそれを通り越して、その音が聞こえるたびに心臓がバクバクするようになった。仕事中、ずっと背中で身構えている。そういう状態を数ヶ月続けて、最後は倒れた。
この記事は、その一部始終の記録だ。相手を糾弾するためではなく、同じ検索をした誰かが、私より早く・私よりましな順番で動けるように書いておく。私が実際にやった相談と、返ってきた回答と、あとから気づいた「相談する順番の間違い」まで、全部書く。
どれくらいのため息だったか
まず前提を正確に書く。小さいため息なら、私は我慢する。誰にでも癖はあるし、疲れている日もある。それくらいの分別はあるつもりだ。
そうではなくて、大きいのだ。フロアに響くくらいの、深く長いため息と、はっきりした舌打ち。それが1日に100回を超える日もあった。数えたくて数えたわけではない。背中で聞いているうちに、体が勝手にカウントするようになっていた。
座席の位置も効いた。まったく関係ない部署の人だったら、たぶん「賑やかな人だな」で済んだと思う。同じチームで、共同作業をする相手で、しかも真後ろ。音の発生源から逃げ場がない位置で、毎日8時間。
歩み寄ろうとしたことも、一応ある。もらい物のお菓子を配ってくれたとき、「おいしいですね、これはどちらのですか」と話しかけたら、「もらい物なので、よく分からないです」で会話が終わった。意図的かどうかは分からない。ただ、こちらから伸ばした手が、すっと空を切る感覚だけが残った。
「うざい」で済む人と、体にくる人がいる
ため息をつく人の心理については、検索するといろいろ出てくる。無意識の癖。ストレスの放出。構ってほしいサイン。わざとやっている威嚇。どれが正解かは、本人にしか分からないし、たぶん本人にも分かっていない。
ここで、私がこの記事でいちばん丁寧に書きたいことを書く。相手を「悪者」と確定させても、事態は一ミリも良くならなかったということだ。
私の場合、後から分かったことだが、問題は二層になっていた。一層目は、音そのもの。これは客観的にうるさい。二層目は、私の側の受信機だ。私はもともと、人の機嫌の変化に過敏に反応する回路を持っている。育ちの中で身についた、体の癖のようなものだ。だから同じ音を聞いても、「うるさいなあ」で受け流せる人と、「自分のせいでイラついているんじゃないか」へ勝手に変換されて、心拍数が上がってしまう人がいる。私は完全に後者だった。
誤解しないでほしいのは、これは「気にするお前が悪い」という話ではない、ということだ。大きなため息と舌打ちが1日100回続く環境は、誰にとっても良い環境ではない。ただ、そのダメージの深さには個人差があって、私のように体の症状まで行ってしまう側の人間は、「我慢」以外の手を早めに打つ必要がある。それだけの話だ。
職場のため息はハラスメントになるのか
「職場 ため息 ハラスメント」で検索したことがある人も、この記事を読んでいると思う。私も何度も検索した。
私は専門家ではないので、法律上の線引きを断定することはできない。ただ、実際に相談までやった立場から言えるのは、ため息や舌打ちの類いは、殴る・怒鳴るのような分かりやすい行為と違って、「単体でハラスメントと認定してもらう」のはかなり難しいということだ。悪意の立証が難しいし、「無意識の癖」と言われたらそこで止まる。
でも、だから泣き寝入りしかない、という話でもない。ハラスメント認定を取りにいくのではなく、「就業環境の問題」として相談する道はある。私はそれをやった。結果も含めて、次に書く。
私が実際にやった相談と、返ってきた回答
我慢の限界は、昼休みに来た。給湯スペースで飲み物を取っていたら、近くに来たその人が、例の大きなため息をついた。偶然だったのかもしれない。疲れていただけかもしれない。でもそのときの私にはもう、「ここまで来ると嫌がらせか」としか受け取れなくなっていた。そういう受け取り方しかできなくなっている時点で、限界だったのだと思う。
それで、就業先の労務の担当者に相談した。しんどい、と。面談の場では、話を受け止めてもらえた感触があった。ため息の音がトリガーになって動悸がする、という話も、そのまま伝えた。
回答が来たのは、およそ2週間後だった。要約するとこうだ。
周囲へのヒアリングも含めて実施しましたが、独り言のようなものなので、悪意はないです。どうかご理解ください。
つまり、措置はゼロ。席替えもなければ、本人への注意もない。「悪意はない」——それはそうかもしれない。でも私がしんどいのは悪意の有無ではなく、音そのものだ。トリガーが音である以上、音への配慮が何もないという回答は、私には「我慢を続けてください」と同じ意味だった。
そしてその後、私はパニック発作を起こして倒れた。呼吸が浅くなって、動悸が止まらなくなって、立っていられなくなった。正直に書いておくと、倒れた直接の引き金はため息だけではない。その時期、別の大きな出来事も重なっていて、実際に発作が出た日の経緯は別の記事に書いたとおりだ。ただ、数ヶ月にわたる音との消耗戦が、体の土台を確実に削っていたことは、当事者として断言できる。ダムは最後の一滴で決壊するが、水を溜めたのは最後の一滴ではない。
私は相談する「順番」を間違えた
ここからが、この記事でいちばん実用的な部分だと思う。あとから振り返って、私は相談の中身ではなく、順番と宛先を間違えていた。
当時の私は派遣で働いていた。派遣の場合、相談先の候補は3つある。①派遣元(自分が所属する派遣会社)の営業担当、②就業先の上長やチームの人、③就業先の労務・人事。私は変に気を回して、③に直行した。派遣元に言うと話が大ごとになる気がしたし、一枚挟まってコミュニケーションが煩雑になるのも、就業先に「まどろっこしいことをする人だ」と思われるのも嫌だった。チームの上長に言えば、何年も一緒にやってきた仲間をチクる形になって角が立つ。消去法で労務だ、と。
これが筋が悪かった。就業先の労務にとって、派遣スタッフ個人からの申し出は、しょせん「一個人の訴え」として処理できてしまう。実際、処理された。
正解は、たぶん①だった。派遣元の営業担当にまず言う。そうすると何が起きるかというと、派遣元から就業先への正式な申し入れになる。就業先は「会社対会社」の話として対応せざるを得なくなる。対応のレイヤーが、個人の愚痴から会社間の案件に上がるのだ。派遣元には、スタッフの就業環境について就業先に改善を求める立場と責任がある。それを使わない手はなかった。
正社員やアルバイトの人なら構図は少し違うが、「当事者同士や近い上長で抱えず、対応する義務のある窓口に、正式なルートで上げる」という原則は同じだと思う。
もうひとつ、これは唯一やってよかったことだが、相談した記録を残したことだ。いきなり倒れていたら、「言ってくれればよかったのに」で終わっていた。事前に会社に相談していた記録があるかないかは、その後のあらゆる手続きや話し合いで効いてくる。相談はメールなど形が残る手段で、日付つきで。これだけは、あの時の自分を褒めてもいい。
音がしんどいのは「気にしすぎ」ではない
倒れたあとに、ようやく分かったことがある。私がため息にここまでやられたのは、その場のストレスだけの話ではなくて、もっと手前——人の機嫌に常に身構えてしまう、長年の回路の問題だった。それは性格ではなく、育ちの中で身についた反応で、名前も対処法もある領域だった。この経緯は別の記事に詳しく書いた。
もしあなたが、ため息や舌打ちくらいで、と自分を責めながら、それでも心臓がバクバクしているなら。環境への相談と並行して、自分の側の受信機がなぜこんなに過敏なのかを、利害のない専門家に話してみる価値はあると思う。私は、自分の感覚を「それはおかしくないですよ」と言ってもらえただけで、ずいぶん楽になった。
まず「話す」ことから始めたい人へ
Kimochi(オンライン心理カウンセリング) — 公認心理師にスマホから相談できる。職場の人間関係のしんどさ、音への過敏さ、自分ばかり我慢してしまう癖の整理に。診断や薬ではなく「まず気持ちを言葉にしたい」人向けの入口に。
※上記は広告リンクです。相談料・形式は公式サイトでご確認ください。
体に症状が出ているなら
動悸、過呼吸、眠れない、朝どうしても体が動かない。そこまで来ているなら、我慢の問題でも相談の順番の問題でもなく、医療の領域だと思う。私は倒れるまで行ってしまったが、本当はその手前で受診するのが良かったのだと、今は思っている。
職場のことで消耗しきっている時期に、さらに病院を探して、待合室に座る気力はない——という人には、自宅から受けられるオンラインの選択肢もある。
受診したいけれど、通院がしんどい人へ
エニキュア(精神科・心療内科オンライン診療) — スマホで自宅から精神科・心療内科を受診できる。動悸やパニックなど、体に症状が出ている時の入口に。
かもみーる(医師監修オンラインカウンセリング) — 医師監修のサポートを受けながら相談したい場合の選択肢。
URARAKA(ウララカ) — カウンセラーや相談形式を自分で選びたい場合の、予備の窓口として。
※上記は広告リンクです。診療内容・費用は各公式サイトでご確認ください。
最後に——これは私の記録であって、処方箋ではない
その職場は、もう離れている。あのため息の主が今どうしているかは知らないし、恨み続ける気力も、正直もうない。あの人にはあの人の事情があったのだろう、くらいの距離感に、時間がしてくれた。
まとめる。私の場合は、①我慢で数ヶ月粘って悪化させた、②相談の宛先を間違えて「ご理解ください」で終わった、③記録を残していたことだけが救いだった、④最後は体が落ちた。もしあなたが今、同じ音の中にいるなら、私と同じ順番をなぞる必要はない。相談は正式なルートで、記録つきで、早めに。そして体が鳴らしている警報は、環境の問題と切り分けて、専門家に。
あなたの職場のため息が、私のケースと同じかどうかは、私には分からない。同じだと言うつもりもない。ただ、心臓がバクバクするほどの音の中で「気にしすぎかな」と自分を責めている人に、先に倒れた人間の記録が、地図の切れ端くらいにはなれば、と思って書いた。
あわせて読みたい
- パニック障害と仕事|「クビになるかも」の不安で発作が出た私が、働き方を整理するまで
- 人が怖いのは性格じゃない|社交不安障害と「育ち」、それでも病院に行けなかった私の話
- オンラインカウンセリングの選び方|人が怖い当事者が「合うところ」を見つける4つの観点と注意点
- 愛着障害チェックリスト|大人の私が当てはまった12の項目
- 『嫌われる勇気』がおかしいと感じたあなたへ|「トラウマはない」の何が間違っているのか
この記事は筆者の個人的な体験に基づくものであり、医学的・法律的な診断や助言を目的としたものではありません。心身の不調が続く場合は心療内科・精神科などの医療機関へ、職場のハラスメントに関する相談は厚生労働省の総合労働相談コーナーや、よりそいホットライン(0120-279-338)などの窓口にご相談ください。

コメント